札幌地方裁判所 昭和43年(わ)454号 判決 1968年11月04日
被告人 米岡司
主文
被告人を禁錮二年六月に処する。
理由
一、罪となるべき事実
被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、
第一、昭和四三年五月二五日午後零時三〇分ころ、札幌市北一七条西一五丁目先道路上において、大型貨物自動車を北に向け時速約三〇キロメートルで運転して、先行する溝淵みよ子(当時四一年)運転の普通貨物自動車に追従していたところ、このようなばあい自動車運転者としては、先行車が急停車したときにおいてもこれに追突するのを避けることができるため必要な車間距離を保つて追行すべき業務上の注意義務があるのにかかわらず、これを怠り、約二メートルの車間距離を保つたのみで同一速度で進行した過失により、そのときたまたま一時停止した前記先行車後部に自車前部を衝突させ、よつて同女に加療約二週間を要する鞭打ち損傷(捻挫型)を負わせた
第二、同年六月一〇日午後一時三〇分ころ、大型貨物自動車を運転し、札幌市平岡三一一番地先道路上を同市街方面から千歳市方面に向け時速約五〇キロメートルで進行中、極度の睡気を催し、前方注視が甚だ困難な状態になつたので、このようなばあい自動車運転者としては直ちに運転を中止して睡気をさましたのちに運転を再開すべき業務上の注意義務があるのにかかわらず、これを怠り、ただ自車の窓から暫時顔を外に出して睡気をさまそうとしたにとどまり、漫然と運転を継続した過失により、そのころ仮眠状態に陥つたため、自車を道路の中央線の右側部分に進出させ、対向して来た曾我部光男(当時五二才)運転の普通乗用自動車(マイクロバス)の前方約二五メートルの地点に接近して意識をとりもどし、右対向車を認めてあわてて急制動の措置をとつたが間に合わず、同車の右前部に自車の右前部を激突させ、よつて、同車に同乗中の中田ひで(当時五四才)を頭蓋底骨折等の傷害により即死させ、前記曾我部を同日午後二時三〇分ころ同市南二条西一〇丁目五番地いとう整形外科病院において右肋骨骨折、肺損傷等の傷害により死亡させ、さらに、同車に同乗中の才田直三郎(当時五一才)を同年七月一八日同市中ノ島三七五番地北海道社会保険中央病院において第六頸椎脱臼骨折による呼吸麻痺等により死亡させたほか、別紙傷害一覧表記載のとおり同車に同乗中の池田俊美ほか八名にそれぞれ加療約一年三カ月間ないし二週間を要する傷害を負わせた
ものである。
二、証拠の標目<省略>
三、法令の適用
被告人の判示第一の所為は昭和四三年法律第六一号による改正前の刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、その犯情に照らして所定刑中禁錮刑を選択する。
次に、判示第二の所為は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、一個の行為で数個の罪名に触れる場合にあたるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重い中田ひでに対する業務上過失死罪の刑で処断することとする。
そこで犯情について考えてみるに、被告人が睡気を感じながら運転を継続したことは、事故発生にいたる危険性が極めて大で重大な過失と云わざるをえないし、また、右行為による本件事故の結果は目をおおうべき悲惨なものであるが、一方、本件事故の因となつた被告人の睡気は被告人がことさら招いたものではなく、この点同じく事故発生の危険性が極めて大である酒酔い運転等とは量刑上同視しえないところと考えられる。すなわち、被告人は従業員数名の小規模の業者にダンプカーの運転手として雇傭され、砂利運搬に従事していたものであるが、その勤務先の労働時間が深夜又は早朝勤務を含む長時間にしてかつ不規則なものであり、しかも、雇傭主に対する気兼ねその他種々の状況から休暇などもとり難い事情にあつて、これらの労働条件が本件事故当時被告人に過労と睡眠不足をもたらし、これがひいては本件事故の原因となつた睡気状態を招来する一因ともなつたものと認められる(前掲(1) 、(7) の各証拠、川村久夫の検察官に対する供述調書-日報添付のもの-)から、この点について一概に被告人のみを責めることはできない。そして、これらの事情に照らすと、判示第二の罪はいまだ懲役刑を選択しなければならないほどの重大悪質なものとは認められないから右罪については所定刑中禁錮刑を選択するのが相当である。
以上の判示第一、第二の各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を禁錮二年六月に処し、なお、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 松野嘉貞 小林充 加藤和夫)
傷害一覧表<省略>